熊野・新宮の歴史雑学
熊野三山と熊野古道
2016年11月1日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
熊野三山とは、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の3つの神社をいう。紀伊山地は神話の時代から神々が鎮まる特別な地域と考えられていた。その結果、山岳修行の舞台となり、山岳霊場とそこに至る参詣道が生まれ、日本の宗教・文 …
紀州生まれの知の巨人~南方熊楠
2016年10月31日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
天才か奇人かー。和歌山県が生んだ多くの逸材の中で、南方熊楠ほど評価が大きく分かれる人はいない。世界的な大博物学者、歩く百科事典、日本粘菌学の父、自然環境保護運動のパイオニアと持ち上げる人もいれば、「一風変わった在野の研究 …
房総半島と紀州との関係?
2016年10月28日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
小さい頃、地図を見て千葉県の房総半島にも「勝浦」や「白浜」があると不思議に思ったことがあった。白い浜はどこにでもあるだろうから同じ地名が全国にいくつあってもおかしくはないと思っていた。では勝浦は?その後、「昔、紀州の人が …
かつお節考②~鰹節を発明した男
2016年10月27日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
かつお節について、かつお節考①ルーツは熊野だった!でその起源が熊野であったことをお伝えしましたが、最初に発明したのは甚太郎という人物でした。 かつお節は大量に獲れた鰹の保存方法として考え出されたものです。寛永20年(16 …
源平合戦の勝敗を決めた熊野水軍!
2016年10月26日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
紀伊半島は広大な海岸線を有しているが、平野部が少なく、山が直接海に入るような地形のところが多い。山がちの地形なので、物資を陸上で運ぶのは不便であり、海上輸送が重視された。 また、複雑に入り組んだリアス式海岸のところも多く …
紀州みかんが江戸市場を席巻した!
2016年10月25日 グルメ・料理・酒・レシピ文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
高校を卒業し、新宮を出てから50年間いろいろな土地に住んで暮らしたが、どこにいても毎年、故郷の母親から送られてくるのはみかんだった。オレンジの自由化以降、アメリカからはみかんとは違う味の「オレンジ」が入ってくるし、ぽんか …
紀州備長炭の歴史
2016年10月24日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
東京の居酒屋などで焼き物を食べるとき、備長炭が使われていることがよくある。店主は「うちは備長炭を使っています」と自慢するが、こちらは紀州生まれだ、故郷の特産品が使われていることを誇りに思う。その昔、遠距離輸送のメインは海 …
トルコのエルトゥールル号は何故日本に来たのか?
2016年10月23日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
以前、125年前に串本沖で起きたトルコ船エルトゥールル号の海難事故がきっかけで誕生した串本町トルコ文化協会のことを紹介しました。トルコといえば、アジアの西の端の国でヨーロッパとアジアを繋ぐ位置にあります。そのトルコが、何 …
西行は紀州出身だった!?
2016年10月21日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
以前、西行について語られている落語「西行 鼓ヶ滝」があるとお伝えしましたが、歌人として名高い西行が、もともとは武士であったことは知られていても、紀州出身だったことは意外と知られていません。西行の俗名は、佐藤義清(のりきよ …
村人を救って教科書になった~濱口梧陵
2016年10月17日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
震災時にはまず生命の安全を確保すること、そのためには正確な情報を速やかに伝達することが何よりも大切だ。梧陵の沈着にして果断な行動から得られる教訓はこれに尽きるが、彼の偉業はやがてラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の知るとこ …



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