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熊野・新宮の歴史雑学

徐福の墓と浮島の森

徐福の墓 JR新宮駅から東へ100mほど歩いていくと、徐福公園があり、そこは徐福の墓があった所と言い伝えられている。徐福は、秦の始皇帝の命令により、不老不死の薬を求めて数千人の子供たちを率いて蓬莱山に向かって船出したが、 …

阿須賀神社

丹鶴城跡から東へ500mほど行くと蓬莱山の麓に、阿須賀神社がある。江戸時代水野家の頃は速玉大社の摂社であったが、明治時代後、「阿須賀神社」として独立して現在に至る。 蓬莱山は元来、熊野川河口にある小さな島であったようであ …

勝浦港

那智勝浦港の海岸線は、典型的なリアス式海岸である。細長い半島に3方を囲まれ、南の入り口付近に中の島を有する勝浦湾の奥まったところにある勝浦港は、日本有数の遠洋漁業基地になっている。この勝浦港があるおかげで我々熊野人はマグ …

那智火祭り

那智火祭は、熊野那智大社の例大祭で、毎年7月14日午後1時から行われる。昔は扇会式祭礼、または扇祭といったが、近年は那智火祭と呼ばれて名高い。 まず大祭に先だつ7月9日、社殿を浄め、那智滝の注連縄張り替え行事がある。つい …

那智滝

那智山への道は、JR那智駅から真っすぐ北に谷を登っている。JR紀伊勝浦駅から神社、お寺前駐車場行きバスに乗り、市野々小学校前バス停で降りる。学校の横を通って右に折れると市野々王子社がある。市野々王子社は、古くは一野王子と …

熊野那智大社

飛滝神社から5分ほど歩き、神社、お寺前駐車場バス停の前をのぼると、熊野三山のひとつ・熊野那智大社に着く。表参道の石段を登って行くと、中腹左手にかつて那智山の社僧・御師の僧院・僧房として大勢力を誇った実報院の跡地があり、さ …

伏拝王子社跡から祓殿王子社跡まで

伏拝王子社は見晴らしの良い丘の上にあり、辺りには家が散在し、棚田と茶畑・野菜畑などが広がっている。伏拝の茶は、江戸時代から栽培が始まり、明治時代以降、音無茶という名で知られるようになった。 伏拝王子社跡は地区のはずれの道 …

浜ノ宮王子社と補陀落山寺

JR那智駅から東へ100mほど行くと、浜ノ宮王子社(熊野三所大神社)に着く。本殿は三間社流造・檜皮葺の中世の形式を色濃く残した社殿であるが、棟札によると、建立されたのは慶安元年(1648)である。浜ノ宮王子社には、祭神と …

大斎原

熊野本宮大社の表鳥居から国道168号線を渡ると、旧社地の大斎原への新しい石畳の参道がある。この付近は、室町時代の「熊野詣日記」によると「鳥井の辻」と呼ばれていた。中世の参道は、熊野川の畔にある産田社の手前で右折し、そのま …

熊野本宮大社

熊野本宮大社(熊野坐神社・熊野十二所権現社)は、かつて大斎原に鎮座していたが、明治22年(1889年)の大水害によって社殿の大半を流出したため、祓殿王子社跡近くの山中高台に、流出を免れた上四社(江戸時代後期建立)や東門( …

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