文化と歴史
銚子市と紀州
2016年12月10日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
今日も紀州漁民の足跡を残す銚子市 銚子市は現在人口75000人、魚の町、漁港の町、醤油の町です。平成17年度に銚子漁港に水揚げされた魚の数量は215,071トンで日本一でした。金額では約704億円で13位です。数量が1位 …
イワシ漁の発展は綿にあり!
2016年11月20日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
木綿が輸入から国産化に 古代から、日本人の衣服や寝具の材料は、貴族は絹、庶民は麻などであり、今日普通に使われている木綿が普及したのは、16世紀の後半になってからでした。麻などの繊維は丈夫でしたが肌触りが悪く保温力がないこ …
西宮久助の漂流
2016年11月19日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
弘治元年(1555年)のある日、九十九里浜の沖は昨夜までの嵐でまだうねりが高かった。折からの暴風雨で流されたと思われる一隻の難破船が剃金浦に漂着した。そして、たった一人生き残っていた男によると、彼は西宮久助といい、漁に出 …
ペリーより早く日本に寄港した米国船があった!
2016年11月17日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
寛政3年(1791)4月4日、アメリカの商船レディ・ワシントンとグレイス号の2隻が、紀州の大島樫野浦に寄港した。ペリー提督が来航する62年も前である。 紀州藩の記録では、アメリア船は中国との交易船で、たまたま風浪に遭って …
弁慶は紀州田辺の出身だった?
2016年11月14日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
「判官びいき」という言葉があるように、世に源義経ファンは多い。その義経を語る時に忘れてならないのが武蔵坊弁慶だ。弁慶は、歌舞伎「勧進帳」などでは源義経に付き従う知勇に優れた忠節なる法師として登場する。いったい武蔵坊弁慶と …
漁法と共に紀州から房総に伝わった方言
2016年11月13日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
徳川宗賢・W・Aグロータース編「方言地理学図集 (1976年)」によると、紀州も房総も共通に洗濯をセンダクと濁って発音し、唐辛子をトウガラシ、またはトンガラシと、薬指をベニサシイビまたはベニツケユビと言います。 江戸時代 …
熊野三山と熊野古道
2016年11月1日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
熊野三山とは、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の3つの神社をいう。紀伊山地は神話の時代から神々が鎮まる特別な地域と考えられていた。その結果、山岳修行の舞台となり、山岳霊場とそこに至る参詣道が生まれ、日本の宗教・文 …
紀州生まれの知の巨人~南方熊楠
2016年10月31日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
天才か奇人かー。和歌山県が生んだ多くの逸材の中で、南方熊楠ほど評価が大きく分かれる人はいない。世界的な大博物学者、歩く百科事典、日本粘菌学の父、自然環境保護運動のパイオニアと持ち上げる人もいれば、「一風変わった在野の研究 …
房総半島と紀州との関係?
2016年10月28日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
小さい頃、地図を見て千葉県の房総半島にも「勝浦」や「白浜」があると不思議に思ったことがあった。白い浜はどこにでもあるだろうから同じ地名が全国にいくつあってもおかしくはないと思っていた。では勝浦は?その後、「昔、紀州の人が …
かつお節考②~鰹節を発明した男
2016年10月27日 文化と歴史熊野・新宮の歴史雑学
かつお節について、かつお節考①ルーツは熊野だった!でその起源が熊野であったことをお伝えしましたが、最初に発明したのは甚太郎という人物でした。 かつお節は大量に獲れた鰹の保存方法として考え出されたものです。寛永20年(16 …




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